奈落の縁で |
さすがにその日の練習は、休みになった。そして帰る道すがら一言も口をきかなかった阿含は、部屋に戻っても翌日になっても、抜け殻のようにぼんやり座っていた。そこにいるのにどこにもいない。心ここにあらずだ。 さすがにショックなのか。 雲水も声を掛けられず、そっとしておくことしかできないほどの“閉じ具合”だった。 負けた。 最強じゃなくなった。 たったひとつ、俺と雲水を繋いでた線が切れた。 これで、もう本当に、雲水が俺に興味持つ理由 が 「――」 息ができない。 体が動かない。 癇癪起こして暴れることさえ。 ただ体まるめて小さくなって震えてるだけなんて。 雲水が、本当に俺のこときらいになっちまう。アメフトで最強じゃない俺なんか、雲水のキライなただのろくでなしでしかねえよ。俺なんか生きてるだけ酸素のムダだろ。雲水がもう俺のこと見てくんないなんてそんなん俺嫌だ―― こ わ い 「ハラ減ったな。カップめんでいいか?」 少し眠っていたのかもしれない。 雲水の声がして、意識が少し外に向く。窓の外は明るい。もう、とっくに昼は回ってる。寮の部屋なんかに雲水がいる時間じゃない。格好まで、私服で。ソフトデニムのパンツと淡いグレーのパーカー。地味と言えばあまりに地味だが、刺激的ではないおだやかな色。雲水の好きな色使いで、俺は趣味じゃなかったけれど、でもこの色合いは目にやさしくて、初めて雲水の服の選び方を褒めてやる気になった。 「……お前ガッコどうした」 「食べないのか?昨日から何も食ってないじゃないか」 問いに答えは返らない。 一緒にいてくれんの、お兄ちゃん。 なんで。 「天気がいいからな。たまにはこういうのもいい」 窓を少し開けて空気を入れる。大袈裟な伸びをしてみせて、振り返って雲水が言う。 「もういいよ」 「……あ゛?」 「もういい、阿含」 「何……言って」 もういいって、なにが。 ああ俺か。俺がもういらねーのか。そっか。お前にいらねー言われるんじゃもう駄目なんだな。俺の居場所なんかもうどこにも。 世界が閉じる。音もなく。光もなく。全部聞こえなくなる、見えなくなる。照明が落ちて見えなくなるなんてレベルじゃない。削ぎ落とされたみたいにそこから“無くなる”。 まるっきり、立ってた床の底が突然抜けて奈落に墜ちるような。すっとォん――急転直下だ。 「阿含?」 延びた手。弾く。雲水の驚いた顔。不審そうな。 ふわっと涙が出た。俺の意志なんかお構いなしだ。冷たい、冷たい、涙が走って落ちる。 「さ。わん、な」 切れ切れに吐き出す。 壊れる、音が、 「違う。阿含違う!」 「どう違うんだよォッ……!」 どっか遠くで一人で死ねって思ってるくせに。 チクショ、俺ばっかりかよ。お前にはお前にだけは、そんなこと言ってほしくなかったのに。 「阿含!違う、誤解だ!」 嘘だ嘘だ嘘。信じない。信じてなんかやらない。 軋む。軋む。 押しつぶされる。 それでも最期に見る顔がお前なら、もういいよ。 だからもう許してくれよ。ラクんなってもいいだろう。 俺、最強でいらんなかった。 それでもお前のことが好きなんだ。 ごめんな。ごめん。最強じゃ、いらんなかったよ。 「阿含!」 突然聞こえた。 頬に触れた。雲水の手。 目と鼻の先にいる雲水。 「ちゃんと見ろ。ここにいる!」 「……そだ」 「嘘じゃない!ここにいる!」 「嘘だ」 「嘘じゃない!!……信じてくれ」 「……嫌だ……!」 もう死にたい。消えちまいたい。このまま死ねたらよっぽど。 「そんなこと言うな。頼むからそんな悲しいこと言うな」 頼む。 消えそうな声で。 雲水に抱きしめられてることにやっと気が付く。頭の中に浮かんだ言葉が駄々漏れになってたことにも。 「なんで、お前が泣くの……」 馬鹿と囁かれる。 ああ馬鹿だ。 ごめん雲水、呟く。 悪かった阿含、こぼれた。 雲水通して、世界が帰ってくる。 抱きしめる雲水の腕に手をやるのがやっとで。 俺は俺達は、体を寄せ合って声を殺して、子供みたいに泣いた。 どんだけ、そうしていたろうか。 やさしい囁きが落とされた。 「一緒に最強になろう。今度こそ、ドラゴンフライで――」 一緒にと。 今度こそと。 止まらなかった涙が、落ち着く。 ボロボロだった呼吸が鎮まっていく。 やっと震えの落ち着いてきた手で、雲水にもう一度しがみつく。 お前の望みなら何でもかなえてみせると思ってた。 けど駄目だった。 だけど。 だけどお前が一緒なら、何も怖くなんかない。不可能なんかあるわけない。 そうだよ。どっちが欠けたって駄目なんだ。QB二人でやる陣形だとか、そんなんどうだっていい。 雲水いなきゃ機能しない。俺がいなけりゃ意味がねえ。 だって俺達金剛兄弟だろ?俺達二人で最強だ。 こっくん、頷く。ガキみてえだけど。 「……一緒に最強んなろう。俺、お前と一緒に、なりてー」 だって一人じゃ意味ねえよ。俺一人最強なんてそんなんいらねえよ。邪魔なだけだ。 「お前とじゃなきゃ、嫌だ」 そうだ――世界は、俺達のもの。 |
すいません。神龍寺戦がどう決着付くか実は知りません(大汗)。かといって明日(22巻発売日)まで待ったら下手したらこのネタ腐るんで!
「うっかりシリアスにメソメソしてる天才(台無し)、へこみすぎて軽く鬱」です。でもお兄ちゃんは一緒にいてくれるし一緒に泣いてくれるし、……優しいなあ兄ちゃん。 望月さん。前払いで(笑顔)! |